
「方針及び目標」
第67期 三大方針
日本一の技術・品質を提供する
考え抜いた周到な準備が取引先と仲間を護る
人間として正しいことを貫く
GMP 品質方針
ダブルチェックの徹底
真心あふれるサービスの提供
GMP 品質目標
今日よりは明日、明日よりは明後日と
常に改良改善を絶え間なく続ける
「代表者挨拶」
大曽根商事株式会社の創業は、昭和33(西暦1958)年2月です。大曽根本家(大曽根子之作(昭和39年 76歳没):秩父市番場町)の要請に基づき、大曽根政吉(平成25年 89歳没)「大曽根本家長女:要子の婿」創業の会社です。
創業時は、ちちぶ銘仙に代表される絹織物が盛んな頃であり、大曽根本家は、買い継ぎ商(問屋業)として地域の信用を得て大きなビジネスを行っていました。
創業の頃の仕事は、地域で生産される製品のレッテル(商品タグ)の製造・販売を生業とする目的でスタートしました。創業者:大曽根政吉は50㏄のバイクに乗って、地域の取引先を回り仕事を開拓していきました。
しかしながら、昭和40年代に入ると国内の服飾傾向は、着物が当たり前だった時代から大きく変わり始めます。と同時に地域の大きな産業であった絹織物産業そのものの衰退がはじまりました。
そこで、創業者の提案に基づき、大曽根本家が秩父市大野原に新工場を建て、フリーズドライ(脱水量200㍑)の中古機械及び粉砕機、冷凍設備を導入して、食品加工の新分野に進出することになりました。大曽根本家は、大曽根子之作翁の名前から、㈲マルネ食品を設立し、製造を担当し、当社は販売を担当することで、新たな展開が始まりました。
新設備導入後の3年程度は順調でしたが、委託先が大型機械を導入し内製化が始まると瞬く間に仕事が減っていきました。
幸いにも、昭和40年代後半からローヤルゼリー・朝鮮人参・クロレラなどの健康食品が勃興しはじめ、健康食品マーケットの広がりのお陰もあり、また㈲マルネ食品と当社の製造設備が小ロット生産に適していたこともあり、何とか営業を継続することができました。
平成5(西暦1993)年創業者:大曽根政吉の次女の連れ合いだった私(若尾東)が、代表権のある立場で経営に携わることになりました。
その後、食品業界の変遷に伴い、平成7(西暦1997)年に当社独自の工場(現秩父第二工場)を稼働を皮切りに、平成16(西暦2004)年には現在の秩父第一工場を稼働させ、さらに、平成29(西暦2017)年には、培養分野の要請に応えるべく皆野本社工場を稼働することができました。
多くの取引先様のご支援により、当社の売上も順調に増加してきています。皆様のお陰であり、あらためまして心より感謝を申し上げます。今後も、皆様のお困りごと、難しい案件へのチャレンジを続け、皆様に喜んで頂ける、お役に立ち続ける企業でありたいと考えています。
令和4(西暦2022)年8月吉日
大曽根商事株式会社
代表取締役 若尾 東
「社名の由来とロゴマーク」
社名の由来は、大曽根本家に由来します。また、会社ロゴマーク中央の「赤色のデザイ ン」に込められた意味は、東の空に力強く上る太陽そのものを象徴しています。同時に、我々が生きる大地(地球)でもあると考えています。この秩父地域から世界に、そして人類に大いに貢献する企業に成長発展したい、という強い願いを表現しました。
